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熊野神社の伝承

熊野神社の伝承

熊野神社の伝承

創建

創建年代は不詳だが、鎌倉時代以前よりこの地に鎮座していたことは、建久年間に、新居宿に仮りの居城を有していた源頼朝が、しばしば社参したことで明らかである。

お宮のお山
年代は明らかではないが、神主の十太夫政俊が、夢で熊野三社の御神体を拝んでいた時に、
神が「不意に天変地異が起こった時、人々を救うには、丘陵によるほかない。是非とも境内に土砂を盛り上げるべし。」と告げた。
そこで、氏子一同と図って、翌年の元旦より、土砂奉納の行事を行うこととなり、その後の明応年間の大津波(1498)があって、浜名湖の辺りはもちろん、近くの村も広くその災難で人々が命を失った中で、熊野神社の氏子は、この丘陵に難を避けたとされる。
今なお元旦の神前行事として、氏子及び信徒は参拝の際に必ず清浄な砂を担いで、または器
に盛って来て神前に献上し、祈願が終わった後に社殿の周りの丘陵に土砂を納めている。

口伝

①ある時この地の神主さんが高い丘を作って人々を救えという不思議な夢を見たので、村人と図って、神社の裏山に土を盛り上げた。その後、安政の大地震(1854)が起こり、津波のため多くの死者が出たが、髙塚の人たちはこの丘に避難して被害を免れた。

②大津波のため住んでいた人たちがほとんど死んでしまった。村人は津波の犠牲者をこの地に葬り、沢山の砂を浜から運んで高い塚を作った(今でも浜垢離という習慣として残っている。)大きな墓であったので大塚、後に高い塚ー高塚と呼ぶようになり、地名となった。



※可美村役場文書神社関係史料報告抜粋